だいぶ前の話になるのですが、今年の4月に放送されたテレビ番組「インテリが知らない世界のおバカ疑問」で藤田ニコルちゃんがこんな疑問を話していました。
ひらがなのない中国では、漢字がわからない時どうしているの?

ゲストの予想では「他の漢字を当てるのでは?」といった意見もあり、興味深い疑問だなと思って見ていました。番組では、中国人男性に中国ではなじみのない「トナカイ(驯鹿)」という漢字を書いてもらうという実験を行っていました。結果、「驯」をど忘れした彼は「xun鹿」とアルファベット交じりで書いていました。
北京語学習者には簡単な疑問だったかもしれませんね。中国人は漢字を忘れたらピンインでごまかすのです。ピンインとは識字率の向上のために1950年に制定されたアルファベットの発音表記で、日本人にとってのふりがなと同じ役割を果たしているそうです。インタビューを受けていた中国人女性によると、「中国では漢字よりも先にピンインを習う」のだとか。
ということはですよ。当然、香港人も漢字をど忘れしちゃったら、ピンインのような香港ならではのふりがなを書いてごまかすと思いますよね?
漢字をど忘れしても、香港人にはワンチャンどころかチャンすらない
前回の記事の中で、サービスアパートのコンシェルジュに北京語で話しかけたら広東語で言い直すように言われたというエピソードを書きましたが、その後のやり取りの中でこんな出来事がありました。
※以下、カタコトの英語とジェスチャーでのやり取り






だから、このやりとりを通して、

香港も台湾と同じように注音符号で対応してるのかな?
◆ ◇ ◆
それから少し経ってのこと。コンシェルジュとのやり取りを知ってか知らずか、広東語の先生がこんなことを言いました。



なんと!私たち日本人はひらがな・カタカナを習った上で漢字を習いますが、香港の子供たちはぶっつけ本番で漢字を習うとのこと。生まれたときからそういう環境だった香港人からすればどうってことないんでしょうけど、私たち日本人からすると、結構高いハードルに見えますよね。
「ふりがな」がないことで発生する広東語の問題点とは…
中国政府が制定した「ピンイン」がある北京語。一方で、香港政府が制定した正式な発音表記を持たない広東語。広東語初心者の私が知る限り、広東語に正式な発音表記がないことで発生する問題点は2つあります。
その1.テキスト・指導者によって発音の指導方法が変わる
香港で暮らすにあたって、広東語を少し勉強してみようと思い、テキストを購入することにしました。北京語を学習していた私は、広東語にも当然「ピンイン」のような正式な発音表記があるものだと思っていたので、書店でパラパラーっと開いて読みやすそうなものを数冊買って開いたところでびっくりしました。
発音の表記がテキストによってバラバラ
購入した後でネットで調べると、多くのサイトで「広東語のテキストを購入するときは発音表記に注意」と書かれていましたが、後の祭り。購入したすべてのテキストで発音表記が異なるという…。買っちまったものは仕方ないし、もったいないので、ブログのネタにすることにします。

広東語テキストコレクション。ただのコレクターにあらず。
北京語の声調は4つ、広東語の声調は9つあるといわれていますが、今回紹介するどのテキストも6つで表記されていました。
発音表記・・・単語の下に表記されているローマ字の表記法です。著者や研究機関、出版社によって表記方法もたくさんあります。
母音(eu/oe/ö)・・・「エ(e)」を「オ」を言う時の形で発する音の表記が「eu」「oe」「ö」と様々あります。もしかしたら、もっとあるかもしれません。
「日本人」/「香港」・・・各テキストの発音表記を書いてみました。
- ゼロから話せる広東語 陳敏儀著 三修社
「ゼロから話せる広東語」の声調記号の表記
発音記号 イエール式 母音
(eu/oe/ö)eu 「日本人」 Yaht Bún Yàhn 「香港」 Hēung Góng イエール式とはイエール大学の研究グループによって開発されたもので、広東語以外にも日本語や朝鮮語などの発音記号もあるのだとか。イエール式の特徴で一番にあげられるのは、低音の3つには低音を表す「h」がつくこと。私が購入したテキストの中で、低音の「h」がついているのは、「ゼロから話せる広東語」だけでした。「香港の中文大学や香港大学の広東語コースでも採用されている国際的な発音表記」と記載されていたので、香港大学・香港中文大学の広東語センターの受講を検討されている方や英語で広東語を教えてくれる教室を検討している方が事前学習をするのであれば、こちらがおすすめかもしれません。
- ニューエクスプレス広東語 飯田真紀著 白水社
「ニューエクスプレス広東語」の声調記号の表記
発音記号 千島式 母音
(eu/oe/ö)ö 「日本人」 Yat6 Bun2 Yan4 「香港」 Höng1 gong2 千島式とは広東語研究者・千島英一氏考案の発音表記で日本限定の発音表記だそうです。個人の意見ですが、「ゼロから話せる広東語」よりもこちらの方が見やすいレイアウトのテキストだと思います。どこの書店も広東語のテキストが置いてあるスペースは本当に小さいのですが、「ゼロから話せる広東語」と「ニューエクスプレス広東語」のどちらかは必ず置いてあるような気がします。千島英一氏監修の「東方広東語辞典」という広東語の辞書もあるそうです。
- 今すぐ話せる!いちばんはじめの広東語単語 山本康宏著 東進ブックス
「今すぐ話せる!いちばんはじめの広東語単語」の声調記号の表記
発音記号 記載なし 母音
(eu/oe/ö)oe 「日本人」 Yat6 bun2 yan4 「香港」 Hoeng1 Gong2 「いつやるか?今でしょ!」でおなじみ東進の広東語テキスト。発音記号の表記についての記載がないのでわかりかねるのですが、イエール式よりもライ式に近い気がします。後ろに索引が付いているので、わからない単語はこのテキストで調べるという辞書代わりにつかっています。付録がCDではなくCD-ROMなので、iphoneに入れるときにはいつもと手順が異なるので注意が必要です。
- 日本人のための広東語① 賴玉花著 郭文灝修訂 Greenwood Press
「日本人のための広東語①」の声調記号の表記
発音記号 ライ式 母音
(eu/oe/ö)eu 「日本人」 Yat3 Bún Yan4 「香港」 Heung1 Góng ライ式とはイエール式に基づいて著者・賴玉花氏の分析に従って音調記号を修訂したものだそうです。こちらは自分で選んで購入したものではなく、通っている語学学校で使用しているテキストで、日本人倶楽部の広東語講座でもこのテキストを使っているようです。日本の書店で購入できるかどうかは不明です。
指導者によっても発音の指導方法がバラバラ
現在通っている語学学校に入会する前に、広東語のお試し無料レッスンを受講したのですが、その時に担当してくださった先生からは「イエール式」で広東語について説明を受けました。また、香港にある様々な広東語学校を見学している方のブログでも、「この学校の指導方法はイエール式」と書いていたので、「ここはイエール式の学校なのかな」と思っていました。しかし、フタを開けてみれば「ライ式」のテキストを使っての指導…。これは私の予想なのですが、同じ広東語学校でも日本語で教わるか、英語で教わるかで、指導方法(発音表式)が異なるのではないでしょうか。
そして、現在私にマンツーマンで指導してくださっている先生ですが、第1回目の授業でこんなイラストを見せてくださいました。

先生による発音のイメージ図
鼻が上向きになったので、鼻の穴も書いてみました…。ってそんなことはどうでもよくて、このイメージ図を基に先生から受けた説明としては「一番低い音(6声)はのどのあたりから出すように。また、上から下に下がる音(4声)は鼻のあたりで出す音(3声)から一番低い音(6声)に向かって出してください」
このイメージ図に一番近いのは千島式でしょうか。千島式の4声は6声からさらに低い音に向かって声を出すイメージで書かれていますけどね。
次に受けた説明はこちら。

先生による発音変換表

日本人が日本語教師になるには、大学で日本語教育の授業を受けたり、日本語教育能力検定試験を受験したりしますが、香港人が外国人に向けて広東語を指導する場合、どのように広東語教師を養成するのか、取得するべき資格があるのか、現時点ではわかりかねます。でも、ある先生はイエール式、ある先生は千島式で指導しているのを見ると、出身大学や専攻する言語によって教育法が異なるのかな、と思いました。例えば、日本語学科に通う生徒には千島式やライ式で教えるように指導して、英語学科など非漢字圏の言語を専攻する生徒にはイエール式で教えるよう指導する…みたいな。これは、もう少し広東語が話せるようになったら、先生に改めて聞いてみたいなと思います。
その2.キーボードの入力が複雑である
北京語を習っている時、たまに作文を書く宿題が出ました。私はめんどくさがり&字が汚いから字を書くのがあまり好きではないので、スマホのキーボードにピンイン入力で簡体字が表示される設定を施し、スマホのメモ帳に作文を書いて発表していました。手で書かないから漢字をど忘れするというデメリットもありますが、キーボードで入力することでピンインが覚えられるというメリットもありました。
広東語も同様に「広東語をローマ字入力→繁体字で表示」できるように設定しようかな、と思ったところで躓きました。どれを設定したらいいのかわからない…。

i phoneのキーボード設定画面。
左:繁体字の設定画面。簡体字と比べると選択肢がたくさんある
右:簡体字の設定画面。キーボードの配列をQWERTY、ピンイン入力することで簡体字が表示される設定にしている
簡体字の設定と同じ「拼音―QWERTY」にしたところで、広東語のローマ字入力で繁体字が表示されるわけではありません。「北京語をピンイン入力(ローマ字)することで繁体字が表示される設定」となります。よって、この設定では広東語の勉強にはなりません。じゃあ、どれを設定すればいいか、再び先生に質問しました。


そして、PC(windows)ですが、「中国語(繁体字、香港特別行政区)」の設定を一応入れています。入力方式は速成のようです。ただ、私が実際に繁体字を入力するときは、日本語入力モードのままIMEパッドで手書きして入力しているので、ほとんど使っていません。もし今後入力方法を勉強するとしたら、各部首のキーの配置を日本語版キーボードで覚えるところから始めないと難しいと思います。
パンがないならケーキを食べればいいじゃない
話は戻りますが、「香港人が漢字をど忘れしちゃったらどうするのか」。
先生に聞いてみたところ、

忘れません、そんなの。だって、毎日使っているんですよ!
ひらがなと一緒よ!あはははは!
「本当に?そんなはずないでしょ」と思ってしまいました(笑)。
たしかに「日本の子どもたちにとってのひらがな=香港の子どもたちにとっての漢字」かもしれません。でも、新たな外来語(新語)が生まれれば、日本ではそれをカタカナで表記しますが、北京語や広東語はその外来語発祥の地の発音に近い発音(もしくは同じ意味・似た意味)を持つ漢字を組み合わせて表記していきます。今でこそ定着した「上網(インターネット)」「下載(ダウンロード)」「星巴克(スターバックス)」だって、20年以上前には存在しなかったであろう単語です。だから、外来語(新語)の現地表記が作成~定着するまでの間には、香港人にも「漢字のど忘れ」現象ってあるんじゃないのか、と思い改めて聞きました。すると、



そうでした。香港人は英語ができるんでした。「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」のように、「漢字を忘れたら英語で書けばいいじゃない」が普通にできる人たちでした。結局、あなたたちには英語という最強の武器があるからいいわよね。本当、うらやましい。
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